―― それは「ねぎらい」か、それとも現実から目を逸らすための装飾か
ロジビールは、なぜ物流を良くしないどころか危ういのか
以前当ブログでも少し触れましたが、最近大手メディアにて取り上げられていたので改めて私の見解を明確にします。
【文脈の再設計】「未ロジ」と「今ロジ」を分断しない、物流デザインという設計思想 ――LOGI BEERは、なぜ“惜しかった”のか - 物流業界入門
物流業界をテーマにしたクラフトビール「ロジビール」。 展示会やイベントで配られ、「物流で働く人をねぎらう一杯」「物流の価値を社会に伝える象徴」として語られています。
しかし私は、この取り組みに対して一貫して否定的です。
それは好みや感情の問題ではありません。
今の物流業界が置かれている現実と、ロジビールが象徴している思想との間に、看過できない断絶があると考えているからです。
1. ロジビールは「物流の何を変えるのか」
まず、避けて通れない問いがあります。
ロジビールは、次のうちの何を改善するのでしょうか。
- トラックドライバーの長時間拘束
- 過密な配車スケジュール
- 慢性的な人手不足
- 運賃の低位固定
- 労務管理の限界
- 2024年問題・2026年問題への対応
結論は明確です。
どれ一つとして、直接的には改善しません。
それにもかかわらず、「物流を明るくする」「価値を伝える」という言葉だけで肯定される。 ここに、私は強い危うさを感じます。
2. 「ねぎらい」という言葉が現場を追い詰める瞬間
ロジビールは「物流で働く人をねぎらうための一杯」と説明されます。
しかし、現場の立場で考えれば、こう聞こえるはずです。
ねぎらう前に、休ませてほしい
ねぎらう前に、無理な配車をやめてほしい
ねぎらう前に、事故が起きない環境をつくってほしい
現実には、過重労働や疲労が蓄積する中で、
飲酒運転という最悪の形で噴き出す事故が、今も後を絶ちません。
この状況下で「ねぎらい」をビールという形で差し出すことは、
本当に現場に寄り添っていると言えるのでしょうか。
少なくとも私は、
構造を変えないまま感情だけを処理しようとしているように見えてしまいます。
3. 飲酒運転事故が示しているもの
最近も、トラックドライバーによる飲酒運転事故が報じられています。 これは個人の資質だけの問題ではありません。
- 長時間労働
- 不規則な生活
- 強い時間的プレッシャー
- 精神的な余裕の欠如
こうした構造的な負荷が積み重なった結果として起きています。
この現実を前にして、
「物流をねぎらうビール」という発想が、
どれほど空虚に響くかを、私たちはもっと自覚すべきです。
物流に必要なのは、
アルコールではなく、休息と余白と安全設計です。
4. 「物流を知らない人に伝える」という論点のすり替え
ロジビールを擁護する声の中には、
「一般の人に物流の重要性を知ってもらうため」という説明があります。
しかし、これは論点のすり替えです。
- 物流の重要性は、すでに社会に知られています
- 知られていなかったから安く扱われてきたわけではありません
- 知っていても、価格決定力は弱いままです
問題は認知ではなく、力関係と構造です。
ビールを飲んで「物流って大事だね」と言う人が増えても、 その人が運賃を決め、労働条件を改善する立場にいる可能性はほとんどありません。
5. クリエイティブが「責任回避」になるとき
私は、クリエイティブそのものを否定しているわけではありません。 しかし、次の瞬間にそれは問題になります。
構造に向き合えないときの逃げ道として使われたときです。
- 運賃は上げられない
- 人件費は上がる
- 労務リスクは重い
この現実から目を逸らし、
- ストーリー
- 共感
- かわいいデザイン
で包み込む。
これは改善ではありません。 現実を直視しないための装飾です。
結論|物流は、ビールでねぎらわれる産業ではありません
物流に必要なのは、
- 無理のないシフト設計
- 予測可能な業務量
- 適正な対価
- 事故を前提にしない運行計画
こうした構造としての安全と尊厳です。
ロジビールは、その順番を完全に飛ばしています。 だから私は、一貫して否定的なのです。
物流は、かわいくなる前に、
まず人が壊れない産業でなければなりません。
編集後記|ねぎらいは「飲ませる」ことではありません
本当のねぎらいとは、
- 休ませること
- 追い込まないこと
- 事故を起こさせないこと
です。
ねぎらいは、商品ではなく、
制度と設計の中に組み込まれるべきものです。
その覚悟を欠いたままの「ロジビール礼賛」に、
私はこれからも違和感を表明し続けます。