運送業界が人手不足にあえぐなか、
「自分の子どもにはこの仕事を勧められない」という声が、メディアで頻繁に紹介されるようになりました。
確かに、現場は厳しい。
安運賃、長時間労働、事故リスク、交渉ストレス。
語られている事実自体を否定するつもりはありません。
ただし、私はこの手の記事を読むたびに、強い違和感を覚えます。
それは本当に“業界のせい”だけなのでしょうか。
1. 問題の本質は「水屋」ではありません
よくある語り口は、こうです。
一部の水屋が安い仕事を出す
それを受ける運送会社がいる
だから業界が良くならない
しかし、ここで意図的に省かれている問いがあります。
「なぜ、その仕事を“受け続けている”のか」
- 9万円以下の東京行きを
- 1日運行・高速なしで
- いまなお引き受ける
これは被害ではありません。
経営判断の結果です。
安運賃を出す水屋が問題なのではなく、
安運賃で走るビジネスモデルを是正できなかった経営そのものが、すでに限界に来ているだけです。
2. 「子どもに継がせたくない」は、免罪符になり得る
「息子には継がせたくない」
「同じ苦労はさせたくない」
一見すると美談です。
しかし、ここには極めて危うい論点のすり替えがあります。
それは、
自分の代で構造を変えられなかった責任を、
業界全体の不幸に転化している
という点です。
- 運賃交渉ができなかった
- 価格決定権を持てなかった
- 長距離・即着・無理運行から脱却できなかった
これらは「時代のせい」ではありません。
経営の仕事そのものです。
それを「子どもには勧められない」という言葉で締めるのは、
次世代に課題を丸投げしているだけではないでしょうか。
3. 本当に先が見えないのは「運送業」ではない
冷静に見れば、答えは明確です。
- 運送業が終わっているのではありません
- “安くても走ることを前提にした運送経営”が終わっているのです
2日運行・15万円が妥当だと分かっているなら、
それを成立させる仕事だけを残す覚悟が必要でした。
それをしないまま、
- 「水屋が悪い」
- 「業界が悪い」
- 「若者が来ない」
と嘆くのは、経営放棄に近い。
4. 子どもに継がせられない業界にしたのは、誰か
最も重い問いは、ここです。
自分の子どもに勧められない仕事を、
なぜ他人の子どもにはやらせ続けてきたのか
安運賃でも走る。
無理な運行でも受ける。
その結果として、
- 現場は疲弊し
- 若者は来ず
- 業界は縮小する
これは外部要因ではありません。
長年の経営判断の積み重ねが招いた必然です。
結論:「継がせたくない」の前に、やるべきことがある
運送業が本当に衰退するのは、
「人手不足」だからではありません。
経営者自身が、
この仕事に未来をつくる意思を失った瞬間です。
子どもに継がせたくないのなら、
それは個人の選択として尊重されるべきでしょう。
しかし同時に、
なぜ“継げる業態”に変えられなかったのか
この問いから目を逸らしたままでは、
どんな制度改革も、どんな支援策も意味を持ちません。
運送業の未来を決めるのは、
水屋でも、行政でも、メディアでもない。
「安くても走る」を、いつやめるか
その一点に尽きます。