SNS、特にX(旧Twitter)でガソリン価格が話題になると、必ずと言っていいほど「原油価格のチャート」を貼ってドヤ顔で反論する人が現れます。
「昨日、原油価格が下がったのに値上げはおかしい」 「仕入れ値は変わっていないはずだ」
しかし、その主張は「前提条件」からズレています。 以前の記事で解説したのですが、今回はもう少し噛み砕いていきます。
【構造解説】「昨日原油が上がったのに今日ガソリン値上げ?」SNSで広がる誤解 ――価格を決めるのは原油ではなく“物流”だった - 物流業界入門
実は、多くの日本人が知らない「日本のガソリン価格の正体」があるのです。 今回は、ドヤ顔チャート勢が陥る3つの陥穽を、物流の裏側から暴きます。
1|そのチャート、WTI(テキサス産)じゃないですか?
まず、SNSでよく貼られている「原油価格」の正体。 その多くは、ニュースでよく見る「WTI原油先物」です。
しかし、ここに大きな罠があります。
日本のガソリン価格は、WTIを見て決まっているのではありません。
実は、日本の石油元売りが価格指標としているのは、主に「MOPS(シンガポール市場の石油製品取引価格)」です。
・WTI:米国テキサスの原油価格(未来の取引) ・MOPS:シンガポールで取引される「精製済み」ガソリン等の価格
つまり、米国発の原油チャートを貼って日本のスタンドに文句を言うのは、「ニューヨークの小麦価格を見て、近所のうどん屋の値段が高いと怒っている」ようなものです。
2|「仕入れ値が変わっていない」という家計簿思考
「昨日仕入れた分は安かったはずだ」という反論。 これは、ビジネスにおける「再調達原価」という概念が抜け落ちています。
物流と商売の鉄則はこうです。
価格は「過去の仕入れ値」ではなく、「次の仕入れ値」で決まる。
たとえタンクに100円で仕入れた在庫があっても、明日補充する際の市場価格が110円に跳ね上がっていれば、店は今日から価格を上げなければなりません。 そうでなければ、売れば売るほど資金が目減りし、次の在庫が買えなくなる(=供給が止まる)からです。
ガソリンスタンドは「過去の利益」で動いているのではなく、「未来の供給維持」のために価格を動かしています。
3|「物理的な物の移動」と「価格の移動」の混同
「ペルシャ湾から運ぶのに1ヶ月かかるんだから、価格反映は1ヶ月後だろ」 という意見もよく見かけます。
確かに、物理的な「モノ」が届くには時間がかかります。 中東油田 ↓ タンカー(約30日) ↓ 日本の製油所 ↓ 給油所。
しかし、「価格(インデックス)」は情報の伝播速度で動きます。
世界中の買い手が「将来の供給不安」を感じて市場価格(MOPSなど)を押し上げた瞬間、そのコストは即座にサプライチェーン全体の「評価額」に反映されます。
物流の車輪はゆっくり回りますが、資本の回転は光速で動く。 このタイムラグを理解していないと、エネルギー価格の本質は見えてきません。
終章:ガソリン価格は「世界物流の緊張度」である
まとめます。 ドヤ顔で原油チャートを貼る人が見落としているのは、以下の3点です。
- 指標のズレ:WTIではなく「MOPS」を見よ
- 原価の定義:過去の仕入れではなく「再調達原価」で動く
- 情報の速度:物理的な移動と、価格の連動は別物である
石油は、巨大なサプライチェーンの上に成り立つ「物流産業」です。 そしてガソリン価格とは、単なる燃料の値段ではありません。
それは、中東の緊張、タンカーの動静、そして資本の流動性が生み出す「世界物流の温度計」なのです。
「昨日上がったから今日高い」のは、不当な搾取ではなく、日本のエネルギーインフラを明日も維持するための、極めて合理的な物流構造の結果に他なりません。
次にSNSでチャートを見かけたら、心の中でこう呟いてください。 「そのチャート、MOPSですか?」と。