物流業界では、人手不足と業務の波動性を背景に、
「みなし残業(固定残業代)」を導入している企業が少なくありません。
たとえば、
- 月30時間分の固定残業代を給与に含める
- 管理職候補に一定額の残業手当をあらかじめ支給する
- 配車担当や営業職に固定残業制度を適用する
こうした仕組みは、いまや珍しいものではありません。
しかし、ここに非常に大きな誤解があります。
「固定残業代を払っているから、36協定がなくても残業させられる」
これは完全に誤りです。
むしろ、この誤解こそが、 物流企業にとって重大な法務リスクとなります。
■ 結論──みなし残業と36協定は、まったく別の制度です
まず押さえるべきポイントはここです。
固定残業代制度は、残業代の支払い方法にすぎません。
一方、36協定は、
法定労働時間を超えて働かせるための「法的許可証」
です。
つまり、
- 固定残業代 → 支払いのルール
- 36協定 → 残業そのものを可能にするルール
この二つは、似ているようで役割がまったく異なります。
固定残業代を支払っていても、 36協定がなければ、 法定時間を超える労働は違法です。
■ 「払っている」ことと「合法」であることは違う
ここは非常に重要です。
企業側はしばしば、
「残業代は給与に含めている」 「固定で払っているから問題ない」
と考えがちです。
しかし、労働基準法の観点では、
残業代を払うことと、残業を命じることは別問題
です。
たとえ1分単位で適切に残業代を支払っていても、 36協定の締結・届出がなければ、 その残業命令自体が違法となります。
■ 物流業界で特に起こりやすい理由
物流業界は、
- 配車業務の突発対応
- 荷主からの急な依頼
- クレーム対応
- 月末・繁忙期の業務集中
など、
残業が「常態化」しやすい業界
です。
そのため、
「固定残業代を払っているから大丈夫」 という誤解が、 いつの間にか社内の常識になってしまうケースがあります。
しかし、これは非常に危険です。
■ 固定残業代制度の落とし穴
固定残業代制度そのものは合法です。
ただし、適法に運用するには、
- 基本給と固定残業代を明確に区分する
- 何時間分の残業代かを明示する
- 超過分は別途支払う
必要があります。
さらに、その前提として、
そもそも36協定が締結されていること
が不可欠です。
土台のない家は建ちません。
36協定のない固定残業代制度は、 まさにその状態です。
■ 「みなし残業=残業し放題」ではない
固定残業代に含まれる時間は、 あくまで「支払いの基準」です。
その時間までなら自由に働かせてよい、 という意味ではありません。
また、
固定残業時間以内であっても、36協定は必要
です。
ここを誤解している企業は少なくありません。
たとえば、 月30時間分の固定残業代を設定していても、
36協定がなければ、 その30時間すべてが違法残業となり得ます。
■ 行政指導・訴訟リスクも現実的
36協定未締結のまま残業を行わせた場合、
- 労働基準監督署の是正勧告
- 罰則の対象
- 未払い残業代請求
- 企業イメージの毀損
につながる可能性があります。
特に物流業界では、 荷主監査やコンプライアンスチェックの対象にもなりやすく、
「知らなかった」では済まされません。
■ 2024年問題以降、労務管理は経営課題になった
物流業界は今、 「運べるか」だけでなく、
「適法に運べるか」
が問われる時代に入っています。
その中で、 固定残業代制度を安易に運用することは、
短期的な管理効率を得る代わりに、 長期的な経営リスクを抱え込むことになります。
■ 本質は、労働時間を「買う」ことはできないということ
固定残業代を支払っても、 労働時間そのものを事前購入できるわけではありません。
労働時間には、 法律上の上限と手続きがあります。
お金を払えば自由になるものではない
のです。
ここを誤ると、 制度は便利な仕組みではなく、 企業を傷つけるリスクへと変わります。
■ 結論──固定残業代は「免罪符」ではない
みなし残業(固定残業代)は、 あくまで給与設計の手法です。
36協定の代わりにはなりません。
物流業界において本当に重要なのは、
残業を前提にした制度設計ではなく、適法な業務設計
です。
これからの物流経営に求められるのは、
- 労働時間の可視化
- 36協定の適正運用
- 固定残業制度の見直し
- 生産性向上による残業削減
です。
物流は「時間」を運ぶ産業です。
だからこそ、 自社の労働時間管理こそ、 最も厳密でなければなりません。