――価格転嫁できないと、安全も守れない
物流業界では運賃や人件費ばかりが注目されがちです。
しかし今、現場では別のコスト上昇が静かに進行しています。
それが、
ストレッチフィルムをはじめとする包装資材の値上げです。
2026年に入り、ストレッチフィルムの原料となるポリエチレン樹脂価格は大幅に上昇しました。
原料メーカー各社は相次いで価格改定を実施し、
- 日本ポリエチレン:+90円/kg以上
- 宇部丸善ポリエチレン:+90円/kg以上
- 旭化成:+120円/kg以上
といった値上げが発表されています。
これを受けて包装資材メーカー各社も価格改定を進めており、
物流現場で使用されるストレッチフィルムは、
おおむね10~30%程度の値上げ圧力が発生している状況です。
現場で一般的に使われる500mm×1000mクラスで考えると、
- 従来:4,000円前後
- 値上げ後:5,000~5,200円前後
というケースも珍しくありません。
1巻では1,000円程度の差です。
しかし物流は大量消費産業です。
この1,000円が積み重なると、企業経営に無視できない影響を与えます。
■ ストレッチフィルムは単なる消耗品ではない
物流現場では日常的にストレッチフィルムが使用されています。
パレットに積まれた荷物を固定し、
- 荷崩れ防止
- 商品破損防止
- 輸送品質維持
を担う重要な資材です。
つまり、
ストレッチフィルムは包装材ではなく「安全装置」でもあります。
もし荷崩れが発生すれば、
- 商品破損
- 再出荷
- クレーム対応
- ドライバー拘束時間増加
- 荷役作業増加
といった損失が発生します。
物流品質を支える縁の下の力持ちと言える存在です。
■ 実際にいくら上がるのか
物流現場で一般的な1100mm×1100mmパレットを考えてみます。
荷姿にもよりますが、
1パレット当たりのフィルム使用量はおおむね20~35m程度です。
ここでは30mで計算します。
500mm×1000mのフィルム1巻なら、
1000m ÷ 30m
=約33パレット分
になります。
仮に価格が
- 4,000円 → 5,200円
へ30%上昇した場合、
1パレット当たりのフィルムコストは、
値上げ前
4,000円 ÷ 33枚
=約121円
値上げ後
5,200円 ÷ 33枚
=約158円
増加額
約37円/パレット
となります。
1枚では小さく見える数字です。
しかし物流では毎日大量のパレットが動いています。
■ ストレッチフィルムだけで倒産はしない
ここは冷静に考える必要があります。
ストレッチフィルムが値上がりしたからといって、
それだけで会社が倒産するわけではありません。
しかし実際に数字へ置き換えると、
見え方は変わってきます。
例えば、
月間5,000パレット出荷
37円 × 5,000枚
=18万5,000円増
年間では
約222万円増
月間1万パレット出荷
37円 × 10,000枚
=37万円増
年間では
約444万円増
月間3万パレット出荷
37円 × 30,000枚
=111万円増
年間では
約1,332万円増
月間5万パレット出荷
37円 × 50,000枚
=185万円増
年間では
約2,220万円増
物流センターや3PL事業者では、
月間数万パレット規模は決して珍しくありません。
つまり、
フィルム1本1,000円の値上げは、会社全体では数百万円から数千万円規模の利益圧迫要因になるのです。
■ 本当に危険なのは「最後の一滴」
物流会社の多くは高収益産業ではありません。
営業利益率1~2%程度の会社も少なくなく、
利益そのものが極めて薄い業界です。
例えば、
売上20億円
営業利益率1%
なら、
営業利益は2,000万円です。
そこへ、
- 軽油価格上昇
- 最低賃金上昇
- 社会保険負担増
- 車両価格上昇
- 修繕費上昇
が続く。
さらに、
ストレッチフィルム
OPPテープ
緩衝材
パレット
などの包装資材まで上昇する。
すると利益2,000万円は簡単に吹き飛びます。
つまりストレッチフィルム値上げは原因ではなく、
赤字転落の「最後の一滴」になる可能性があるのです。
コップの水は既に限界近くまで入っています。
問題は最後の一滴ではなく、
そこまで追い込まれている経営構造そのものです。
■ 現場は既に努力している
では現場は何もしていないのでしょうか。
むしろ逆です。
現場は以前から様々な工夫を行っています。
例えば、
- フィルムを強く延伸する
- 巻き回数を減らす
- 厚みを見直す
- 荷姿ごとに巻き方を変える
- 使用量を細かく管理する
といった改善活動です。
実際に使用量を削減できている現場もあります。
しかし、
そこには明確な限界があります。
■ 安全とコスト削減の境界線
フィルム使用量を削減すればコストは下がります。
しかし削減し過ぎれば、
荷崩れリスクが高まります。
例えば37円のコスト削減に成功したとしても、
荷崩れ事故が発生すれば、
数万円から数十万円の損失になることもあります。
さらに2024年問題以降、
ドライバーの拘束時間短縮が求められる中で、
荷崩れによる積み直しは大きなロスになります。
つまり、
フィルム削減は単なるコスト削減ではありません。
安全性とのトレードオフなのです。
現場改善で吸収できる範囲には限界があります。
限界を超えれば、
削られるのは利益ではなく安全になります。
■ 本当の問題は価格転嫁できないこと
私は今回の問題の本質は、
ストレッチフィルム値上げそのものではないと思います。
本質は、
価格転嫁できない物流構造です。
荷主は値上げを受け入れない。
元請けは吸収を求める。
下請けはさらに吸収を求められる。
結果として、
現場が努力で埋め合わせるしかなくなる。
そして努力で吸収できる範囲を超えると、
今度は安全率を削ることになる。
これは健全な状態とは言えません。
■ 物流が守っているのは荷物だけではない
ストレッチフィルムは目立たない資材です。
しかしその一本一本が、
物流品質と安全を支えています。
だから今回の値上げ問題は、
単なる消耗品価格の話ではありません。
物流業界が抱える、
- 利益率の低さ
- 多重下請け構造
- 価格転嫁の難しさ
- 現場依存の改善文化
を映し出す縮図でもあります。
ストレッチフィルム値上げで倒産する会社は少ないでしょう。
しかし価格転嫁できない状態が続けば、
利益は削られ、
やがて安全まで削られていく。
その先にあるのは現場努力による改善ではなく、
物流品質そのものの低下です。
私たちは今、
「フィルムの値段」を見ているようで、
実は物流業界の構造そのものを見ているのかもしれません。