――問題は原油価格ではない。「利益が生まれない物流構造」である
X Mile株式会社が実施したモビリティ業界294名(経営者・管理職・現場担当者)への調査では、86.1%が燃料費の上昇を実感していることが分かりました。
その内訳を見ると、
- 「既に大きく値上がりしている」48.3%
- 「緩やかに値上がりしている」37.8%
となっており、多くの物流事業者が燃料費高騰を経営課題として認識しています。
さらに約3割の企業では、
- 減便
- ルート縮小
- 受注制限
といった運行への影響が既に発生していることも明らかになりました。
一見すると、
「イラン情勢で原油価格が上昇し、物流会社が苦しくなった」
というニュースに見えるかもしれません。
しかし、物流の構造を見続けてきた立場から言えば、本質はそこではありません。
燃料高騰は"引き金"に過ぎません。
本当に問題なのは、
物流会社がコスト上昇を利益へ転換できない産業構造
そのものです。
【物流構造考察・後編】 「2024年問題」は本当に人を辞めさせたのか - 物流業界入門
※本記事では、X Mile株式会社が実施した「モビリティ業界294名アンケート(2026年4~5月調査)」および追加提供いただいた調査データを引用・分析しています。調査概要・原文は「クロスワークしごと白書」をご参照ください。 出典:https://x-work.jp/journal/iran-logistics
燃料価格は「原因」ではなく「試金石」
物流会社のコスト構造を見ると、
燃料費は確かに重要な費目です。
しかし、
燃料価格は世界情勢によって変動するため、
物流会社自身ではコントロールできません。
今回も、
中東情勢の緊張を背景に、
燃料価格上昇への警戒感が高まりました。
しかし、
ここで注目すべきなのは、
原油価格が上がったことではなく、その影響を吸収できない企業が多いことです。
例えば製造業であれば、
生産性改善
設備投資
高付加価値商品の販売
などによって利益率を維持できる企業もあります。
一方、
物流会社は、
運賃が変わらなければ、
燃料費が上がった分だけ利益が減ります。
つまり、
燃料価格そのものではなく、
利益を生み出せない収益構造
こそが問題なのです。
なぜ運賃を上げられないのか
今回の調査では、
運賃改定について、
最も多かった回答は
「転嫁したいが荷主との関係で踏み切れない」
でした。
この結果は、
現在の物流業界を非常によく表しています。
物流会社も、
燃料価格が上がれば、
本来は運賃へ反映したい。
しかし現実には、
長年続いた価格競争、
荷主との取引力格差、
競合他社との受注競争などから、
簡単には運賃を改定できません。
つまり、
利益が減っても、
自社だけで吸収するしかない状況が続いているのです。
2024年問題以降、
標準的運賃制度の活用や価格転嫁の必要性が広く議論されるようになりました。
また、「パートナーシップ構築宣言」の拡大や、「労務費の適切な転嫁のための価格交渉に関する指針」の普及など、政府も価格転嫁を後押しする制度整備を進めています。
それでもなお、
現場では「運賃を上げたいが上げられない」という声が多いことは、
制度だけでは解決できない商慣行や力関係が残っていることを示しています。
燃料高騰は「最後の一押し」に過ぎない
今回の調査では、
燃料高騰が強調されています。
しかし、
私はこの数字を見て、
むしろ別のことを感じました。
物流会社は、
今回突然苦しくなったのではありません。
以前から、
- ドライバー不足
- 人件費上昇
- 車両価格上昇
- 整備費上昇
- 保険料上昇
- 2024年問題への対応
など、
複数のコスト増を抱え続けてきました。
そこへ、
燃料価格が重なった。
つまり、
今回の燃料高騰は、
長年積み重なってきた経営課題を一気に表面化させた「最後の一押し」だったと言えるでしょう。
だからこそ、
燃料価格だけが下がれば物流危機が終わるわけではありません。
利益を生み出せない構造が変わらない限り、
次は人件費、
次は車両価格、
次は金利上昇と、
別のコスト要因が同じ問題を繰り返します。
利益が出ない物流の本質
私はこれまで物流ニュースを追い続ける中で、
多くの企業が共通して抱える課題を見てきました。
それは、
「運ぶ量」は増えても、「利益」は増えないという構造です。
荷物を増やしても、
ドライバー不足で残業が増える。
燃料費が上がる。
車両維持費も上がる。
それでも運賃が十分に見直されなければ、
売上は伸びても利益は残りません。
この状態では、
賃上げも、
設備投資も、
DXも、
若手採用も、
持続的に進めることはできません。
つまり現在の物流業界が直面している課題は、
「燃料高騰」ではなく、
利益を再投資へ回せない産業構造にあります。
物流は社会インフラです。
しかし、
インフラである以上、
「止めないこと」だけが求められるのではなく、
持続的に利益を生み出し、
人材や設備へ再投資できる仕組みが不可欠です。
今回の調査結果は、
燃料価格という一時的なテーマの裏側で、
日本の物流が抱える構造的な課題を改めて浮き彫りにしたと言えるでしょう。
グラフ「賃上げ・待遇改善」が示した本当の意味
賃上げは始まった。しかし「利益を生む構造」はまだできていない
今回、X Mile株式会社から提供いただいた調査の中で、私が最も注目したのは「賃上げ・待遇改善」の結果です。

一見すると、この結果は前向きにも見えます。
実際に、
- 既に賃上げ・待遇改善を実施した 35.0%(103社)
と最も高い割合を占めています。
さらに、
- 今年度中に実施予定 13.9%
- 検討中だが未定 22.1%
を合わせると、
約7割の企業が賃上げを実施、または検討していることになります。
物流業界ではここ数年、
- 2024年問題
- ドライバー不足
- 最低賃金の上昇
- 若年層の採用競争
などを背景に、
賃金改善が急速に進んできました。
つまり、
人材確保のために待遇改善を進めること自体は、もはや業界全体の共通認識になりつつあると言えるでしょう。
しかし、
物流の構造を見る立場からすると、
このグラフで本当に重要なのは、
35%ではありません。
私は、
13.6%
という数字に着目しました。
「賃上げしたいができない」が意味するもの
調査では、
13.6%が「実施したいがコスト的に踏み切れない」
と回答しています。
この数字は決して小さくありません。
賃上げの必要性は理解している。
しかし、
利益がない。
だから実施できない。
ここには、
現在の物流会社が置かれている苦しい経営環境が表れています。
物流会社の人件費は、
一度上げれば簡単には下げられません。
社会保険料も増えます。
賞与も変わります。
将来的な固定費になります。
つまり、
利益が不安定な企業ほど、
賃上げには慎重にならざるを得ません。
だからこそ、
賃上げを実施できる企業と、
できない企業との間で、
人材確保の格差は今後さらに広がっていく可能性があります。
賃上げ競争ではなく「利益競争」が始まっている
物流ニュースでは、
「初任給○万円」
「賃上げ率○%」
といった話題が注目されます。
しかし、
本質は賃金ではありません。
重要なのは、
賃上げを継続できる利益があるかどうか
です。
一時的な賃上げなら、
どの会社でもできます。
しかし、
毎年、
継続的に待遇改善できる会社は、
利益を出せる会社だけです。
つまり、
今後の物流会社は、
人材競争ではなく、
利益を生み出せる企業だけが人材を確保できる時代へ入り始めています。
だから私は、
このグラフを
「賃上げ状況」
ではなく、
物流企業の経営体力を映すデータ
として見ています。
グラフ「燃料費高騰・人手不足への対策」が示した本当の意味
現場は燃料より「構造改革」を始めている
続いて、
燃料費高騰・人手不足への対策を見てみます。

最も多かった回答は、
運賃・料金への価格転嫁 48.6%
でした。
これは非常に象徴的です。
物流会社も、
もはや
「我慢する」
という選択肢では経営できなくなってきています。
つまり、
価格転嫁は
"利益を増やすため"
ではなく、
事業を維持するための最低条件
になり始めているのです。
一方で、
興味深かったのは、
次に多かった回答です。
- ドライバー賃上げ・待遇改善 34.7%
でした。
つまり、
企業は、
燃料対策よりも、
人への投資
を優先し始めています。
ここ数年、
物流業界では
「車両不足」
よりも
「人材不足」
が深刻化しています。
車両は購入できます。
燃料も調達できます。
しかし、
ドライバーだけは簡単には増えません。
だからこそ、
待遇改善が経営戦略になっているのです。
それでも約4社に1社は「何もできていない」
今回、
私はもう一つ気になった数字があります。
23.8%
です。
これは、
「まだ何も対策ができていない」
という回答です。
約4社に1社。
決して少なくありません。
もちろん、
価格転嫁も簡単ではない。
賃上げも難しい。
採用も進まない。
だから対策が取れない企業も存在します。
しかし、
市場環境は待ってくれません。
燃料価格は変動します。
最低賃金は上がります。
採用競争も激しくなります。
つまり、
何もしないこと自体が最大の経営リスクになり始めています。
「コスト削減」の時代は終わった
このグラフを見て、
私は物流業界の変化を改めて感じました。
かつて物流会社は、
コスト削減で利益を出してきました。
配送ルートを短縮する。
車両稼働率を高める。
残業を減らす。
こうした改善はもちろん重要です。
しかし現在は、
それだけでは追いつきません。
燃料も上がる。
人件費も上がる。
車両価格も上がる。
社会保険料も上がる。
つまり、
コストを削る経営から、適正な利益を確保する経営へと発想を転換しなければ持続できない段階に入っています。
物流会社が本当に取り組むべきなのは、
単なる節約ではありません。
荷主との価格交渉、
付加価値の高い物流サービスの提供、
DXによる生産性向上、
そして人材への投資を続けられる利益構造の構築です。
前編まとめ
問われているのは「運賃」ではなく「物流の持続可能性」
今回の調査は、
「燃料高騰で物流会社が苦しい」
という単純な話ではありませんでした。
調査結果から見えてきたのは、
- 86%が燃料費上昇を実感していること
- 運賃を上げたくても上げられない企業が多いこと
- 賃上げは進み始めたものの、利益が伴わない企業も少なくないこと
- 約4社に1社は十分な対策を打てていないこと
という現実です。
つまり、
物流業界が直面している課題は、
燃料価格でも、
人手不足でもありません。
「社会インフラとして物流を維持するための利益を、誰がどのように負担するのか」という構造的な問いです。
後編では、「2024年問題による離職」と「ドライバー人員需要の変化」の各データをもとに、燃料高騰だけでは説明できない物流人材の構造変化を掘り下げます。
そして、物流会社がこれから生き残るために必要な経営の方向性について考察します。